スティーヴ・ヴァイ『Passion and Warfare』——ギターインストの頂に立つ音の芸術
1990年春のある日、一枚のアルバムが静かに、けれど確かな衝撃とともにロックシーンを揺るがしました。その作品こそ、ギタリスト=表現者としてのスティーヴ・ヴァイの存在を世界に刻みつけた『Passion and Warfare』。ただのギターアルバムではありません。これは、音で綴られた一編の詩であり、映像のない映画であり、時代と心を超えて響く“声なき物語”です。
『Passion and Warfare』がもたらした衝撃とその意義
感情が旋律に宿る——インストゥルメンタルの限界を超えて
当時の私は、80年代の煌びやかなロック黄金期の余韻に浸っていた頃。そんな中、スティーヴ・ヴァイが届けたこの作品は、静謐と激情の間をギター1本で自在に往復する、まさに“音の文学”でした。14の楽曲は、いずれもボーカルを必要とせず、むしろ言葉以上に雄弁に語りかけてきます。
特に「For the Love of God」の深淵な旋律。10日間の断食を経て録音されたという逸話を知ると、その音の一音一音がまるで魂の叫びであるかのように感じられるはずです。
音の設計図:構成・演奏・録音の緻密さ
技術ではなく、“意図”で弾くギター
ギターという楽器の可能性を突き詰めたアルバム——そんな表現ではまだ足りません。ヴァイが描き出したサウンドスケープは、「感情×空間×技術」が三位一体となって立ち上がる、壮大な音の建築物。
「Erotic Nightmares」や「Blue Powder」に漂う浮遊感、「Greasy Kid's Stuff」のコミカルな勢い、「Sisters」の静けさ——これらは単なるジャンルの遊びではなく、聴き手の感情を綿密に設計し揺さぶる“体験装置”です。
時代背景とその革新性
ロックの多様性が拡張した転換点
90年代初頭、音楽は「見せる」から「感じさせる」時代へと舵を切り始めていました。そんな中、『Passion and Warfare』はインストゥルメンタルという表現形式の中で、より自由で、より個人的な物語を語ることに成功しました。
そして何よりも、当時主流だった“シンガー・フロント”の構図に風穴を開け、ギタリストが音のストーリーテラーとして前に出ることを肯定した点。その後のギターインスト界に与えた影響は計り知れません。
基本情報 / Basic Information
| 項目 / Item | 内容 / Details | |
| リリース日 / Release Date | 1990年5月22日 | |
| ジャンル / Genre | インストゥルメンタル・ロック、プログレッシブ・メタル | |
| レーベル / Label | Relativity Records / Epic Records | |
| 収録曲数 / Number of Tracks | 14曲 | |
| 総再生時間 / Total Runtime | 53分15秒 |
トラックリスト / Track Listing
| # | 曲名 / Song Title | |
| 1 | Liberty | |
| 2 | Erotic Nightmares | |
| 3 | The Animal | |
| 4 | Answers | |
| 5 | The Riddle | |
| 6 | Ballerina 12/24 | |
| 7 | For the Love of God | |
| 8 | The Audience Is Listening | |
| 9 | I Would Love To | |
| 10 | Blue Powder | |
| 11 | Greasy Kid's Stuff | |
| 12 | Alien Water Kiss | |
| 13 | Sisters | |
| 14 | Love Secrets |
メンバー / Personnel
| 名前 / Name | 担当楽器・役割 / Instrument & Role | |
| Steve Vai | Guitar, Keyboard, Bass, Arrangement, Engineering, Production | |
| David Rosenthal | Keyboard (2, 9, 13), Background Vocals | |
| Pia Vai | Keyboard (track 4) | |
| Bob Harris | Keyboard (10), Background Vocals | |
| Chris Frazier | Drums (1–5, 8, 10, 11, 13) | |
| Tris Imboden | Drums (7, 9) | |
| Stuart Hamm | Bass (2–5, 7, 10, 13) |
追加ミュージシャン / Additional Musicians
| 名前 / Name | 担当楽器・役割 / Instrument & Role | |
| Nancy Fagen | Vocals & Hysteria (8) | |
| Jamie Firlotte | Boy Vocals (8) | |
| David Coverdale, Rudy Sarzo, Adrian Vandenberg 他多数 | Background Vocals |
制作背景・評価・リマスター情報
- 制作コンセプト:若き日の夢をもとに、ヴァイの心象風景を音像化。「ジミ・ヘンドリックスがイエス・キリストとベン・ハーがメル・ブランに開いたパーティーで出会ったような作品」と自身が語るように、奇想とスピリチュアリティが混在しています。
- 録音スタジオ:自宅「The Mothership」にて、徹底的なセルフプロデュース。
- 商業評価:アメリカでRIAAゴールドディスク認定。世界中のギタリストに影響を与える存在に。
- 代表曲の評価:「For the Love of God」はGuitar World誌の“史上最高のギターソロ”ランキング29位にランクイン。
- リマスター情報:2016年に25周年記念盤がリリースされ、未発表音源も収録。記念ツアーではアルバム全曲がライブ演奏されました。
今あらためて、このアルバムを聴くということ
人生を重ねてきた私たち世代には、あの頃の熱が今でも耳の奥に残っています。そしてこれからこの作品に出会う若い世代の皆さんには、言葉では語れない“音の物語”に、きっと新しい発見があるはず。
スティーヴ・ヴァイの『Passion and Warfare』。それは時代を超えて響き続ける、ギター音楽の金字塔。今こそ、もう一度耳を傾けてみませんか。

